IPO準備の8割は内部統制の構築

目次

主幹事証券と監査法人の監査への対応

主幹事証券の役割

上場に向けた審査は、初期的には主幹事証券が担当いたします。IPOとなれば、証券会社は株式という証券を広く仲介して販売することになるため、ディストリビューターとしての責任の下、厳しい審査をします。

しかし、主幹事証券は会計や内部統制の専門家ではありません。上場して株式が取引所で取引されるとなれば、利害関係者は劇的に増加するため、決算といったディスクロージャーの重要性は極めて高くなります。

監査法人の役割

監査法人は、会計監査の専門家として、ディスクロージャーの側面から監査をすることになります。主幹事証券が自身で対応できない範囲を、監査法人の監査結果に依拠するイメージです。具体的には、計算書類、有価証券報告書等を適切に作成できるか、内部統制が適切に整備・運用されているかを監査いたします。

未上場企業は決算書に対する監査を受けることは原則としてなく、税務署の税務調査しか受けません。そのため、上場準備に際して初めて経理処理が会計基準に即しているかを監査されることになりますが、ほとんどの場合、会計基準に従った会計処理がなされていることはありません。

そのため、監査法人の監査に対応するため高度な知見を持った経理スタッフを採用し、監査に向けた抜本的な経理体制の改革を行うことになります。

最大の関門は内部統制の構築に伴い発生する衝突

ディスクロージャーは優秀な人材を雇えばなんとかなる

監査法人の監査に対応するため、経理体制の強化が一つの課題となります。上場企業に求められる会計基準に対して深い理解を持っている経理人材の相場は安くはありませんが、採用できれば課題の達成は大幅に近付きます。

管理部門が頑張れば何とかなるという性質もあり、ディスクロージャーの強化は費用さえ投じれば解決できる側面が強く、もちろん各事業部門の協力が必要となるとはいえ、それほど問題になることはありません。

内部統制の整備・運用は一筋縄ではいかない

内部統制は役員・従業員が全員一致で行う活動です。そのため、役員や従業員に理解を深めてもらい運用に参加してもらう必要があります。しかし、これが大きな関門となります。

広く投資家から納得してもらえる管理体制を構築するということは、客観的で誰もが納得できるものでなくてはなりません。

内部統制の構築は創業者にとってストレスになることもある

上場準備の段階では多くがオーナー企業で、創業者が100%に近い株式を有していることがほとんどです。筆頭株主兼代表取締役という立場であり、全てにおいて自身が最終決定権を持っておられます。

「お金の管理は信頼できる仲間に任せており、ほかの者には触らせたくない。」「頑張ってくれている役員にもっと役員報酬を払いたい。」様々なお考えを持っていらっしゃることがありますが、オーナー企業であれば考えた通りに意思決定をすることができます。

しかし、上場準備企業となれば話は別です。例えば、会社の資金は広く投資家から集めたものであることが前提となります。創業者が信頼しているという理由で、一定の人物のみに資金管理を任せることはできません。資金の不正利用をきちんと防止しているということを、投資家に対して客観的に説明できる必要があるのです。つまりは内部統制の構築です。

役員報酬も、役員の経歴やスキルに応じて、支払っている役員報酬が適切な水準であることをきちんと説明できなければなりません。不当に高い水準で支払っていれば、株主の利益を害していることになってしまいますから、役員報酬規程を整備して支払いのルールを定めます。つまり、役員の経歴等に応じて役員報酬はある程度自動的に決まるようになるといえ、創業者といえども自由な意思決定はできなくなってきます。

管理体制を強化して透明性のあるルールを構築するということは、ある種自由な経営意思決定を奪われる事でもあるのです。このような体制の変化に対して、創業者がストレスを感じることは決して珍しくありません。

権限の委譲への抵抗

IPOを達成すれば大量の資金が流入し、企業規模は一気に拡大します。規模が大きくなると権限の委譲を行わないと業務が回らなくなるため、IPOに向けて権限の委譲を進めていかなくてはなりません。

しかし、これも元々権限を有していた人からすると不安で不安でしかたなく、故に上場準備が止まってしまうことも珍しくありません。

従業員からの反発が生じることも

内部統制は全員一致の取り組みであるため、従業員による内部統制に係る作業も増加します。しかし、上場したところで、従業員にとってはメリットがないと受け取られてしまうこともあります。大きく利益を得るのは株式を保有しているオーナーであり、従業員にとっては残業が増える以外の効果をもたらさないこともあるからです。

また、IPO支援のコンサルタントに事業会社での経験が乏しいと、審査や監査に通ることに拘泥してしまい、企業利益を継続的に確保・成長させるという観点が欠落してしまう危険性があります。

ストックオプションを適切に付すなどして、上手く動機づけができるかが成否を分けます。

業務フローが内部統制監査の対象になる

内部統制監査はいわゆる3点セットに基づき行われます。3点セットとは、業務記述書、フローチャート、RCM(リスクコントロールマトリクス)のことです。

上場準備企業になると、業務フローを文章に書きだして、全従業員の業務フローがきちんと事前に定めたルールに従って回っているかが監査されることになるのです。これは、未上場企業と比較すると、業務フローを変更しようとする度に、IPO準備室にお伺いを立てなくてはならないことを意味しており、やはり強烈なストレスを生み出します。

特に小規模事業者の場合、大手にはないフットワークの軽さを武器に競争力を維持している場合も珍しくありません。このような未上場企業ならではの武器も手放すことになってしまいます。

明確な答えがないからこそ紛糾する

監査法人による監査は、会計基準や内部統制監査の基準に照らして行われ、基準に準拠しているかは個別、客観的に評価できる側面が強くあります。

しかし、主幹事証券会社による審査はより広い範囲に対して行われ、どの程度を達成すれば審査が通るか明確な答えがない側面は否めません。つまり、主観的、総合的な評価なのです。最終的な取引所の審査も、細かく審査に通らない理由を教えてはくれません。

そのため、IPO支援を専門とする専門家であっても「絶対にそれは許容されない。」といった断定は難しく、故に管理体制のデザインを巡って紛糾することがあるのです。

上場準備企業に対する審査は上場企業よりも厳しい

上場企業が上場廃止となることは大変な事件であり、余程のことがなければ生じません。しかし、上場審査に通らないということは、決して珍しくはないのです。

そのため、上場準備企業は、上場企業以上の体制構築が求められているといっても過言ではありません。多くの従業員は、新卒で比較的規模の大きい企業に就職し、IPOを目指すベンチャー企業に転職してくることが珍しくないため、上場企業で勤務した経験から、「そこまでやらなくても良いはずだ。」という指摘が上がることも珍しくありません。

上場準備企業に求められる水準がどの程度であるかを入念に説明し理解を促進しておかないと、反発が生じて上場準備が頓挫してしまう危険性があります。

内部統制の構築・運用さえ達成できれば8割はIPO準備完了

上場準備の一環として内部統制を構築するということは、自由な意思決定はできなくなることと同義であると言っても過言ではありません。つまり、上場するということは、創業者が育ててきた会社が自分のものでなくなるということでもあるのです。

そのようなIPOの性質を十分に把握した上で、IPOに向けた検討を行うことが大切なのだと思います。

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この記事を書いた人

PwCあらた有限責任監査法人の金融部門に所属。保険会社を中心とした会計監査、内部統制監査、各種コンサルティング業務に従事。AI化推進室に兼任で所属し、公認会計士業務の自動化を担当。

セコム損害保険株式会社、THホールディングス株式会社における、保険数理、金融派生商品の評価、予実統制、税務、M&A、企業再生、IPO支援の経験を経て、PEファンドJ-star傘下、株式会社Free Spark、株式会社CyberKnot、Mattrz株式会社のCFOを歴任。

2020年、AIknot会計事務所を設立し代表に就任。
2023年、AIknotコンサルティング合同会社を設立し業務執行代表社員に就任。

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