90%以上が改善を求められる労働時間の管理体制
監査法人の監査よりも主幹事証券の審査の方が厳しい領域に該当
監査法人による会計監査、内部統制監査は、あくまでも財務諸表に対して心証を得ることを目的としています。そのため、財務諸表に計上した財務数値が間違っていなければ、監査法人は適正意見を表明してくれます。
つまり、残業時間が100時間発生していようが、正確に残業手当が計算され、未払費用に計上されていれば監査法人は何も指摘しません。
しかし、主幹事証券は、IPO準備企業が上場して広く国民から資金を調達する公的な存在になるに相応しいかを審査する立場にあります。このような立場の違いから両者の温度感に差異が生じてくることがあります。労務管理体制は、主幹事証券が厳しく言及してきます。
主幹事証券は法令順守体制とその持続性を審査する
法律上、時間外労働時間の上限は月45時間、年360時間となっており、これを超えることができる場合は、「臨時的な特別の事情」がある場合に限られております。いわゆる特別条項です。
よって、臨時的な特別の事情がないのであれば時間外労働時間は45時間以内となっており、当該労働環境が持続的に維持していけることを示さなくてはなりません。人員の離職により1人あたりの負担が一時的に増加することは当然にあり得ますので、持続的に45時間以内に維持できることを示すには、平時は時間外労働時間を30時間程度に抑えている必要が出てきます。
ベンチャー企業では時間外労働を30時間に抑えるのは至難の業
ベンチャー企業では、まだ業務の標準化ができておらず、属人性が高いことが珍しくありません。その中で、時間外労働時間を30時間以内に抑えようとすると、抜本的な業務体制の改革が必要となってしまうこともあるのです。
労働時間のPC起動ログとの照合が必須
IPO準備企業では労働時間の改竄は多いと考えられている
IPO準備企業は、急成長中の企業になりますので、従業員が活気をもって長時間労働していることが珍しくありません。そして、IPOに向けた審査で懸念されるのが、労働時間の改竄です。
長時間の労働が行われていても、タイムカードに記載しなければIPOの審査を突破できると考える企業がいると、主幹事証券は懸念していることが多く、PCの起動ログとの照合をほとんどの場合求めてきます。
より正確には、主幹事証券から労務デューデリジェンスを受けるように指示され、社会保険労務士事務所の労務デューデリジェンスにおいてPCの起動ログとの照合が実施されます。
PC起動ログとタイムカード上の労働時間に乖離が観察されるとどうなるのか
PC起動ログとタイムカード上の労働時間に乖離が観察されると、その発生原因の解明を求められます。勿論、従業員が社用のPCを使用して休日に動画サイトを見ていたとか、PCゲームで遊んでいたという可能性も考えられます。その場合には大した問題になりません。
隠れ残業による乖離であった場合
従業員が時間外労働時間をタイムカードに記載せず乖離が生じていた場合は大きな問題となります。原則的には、未払残業代として遡及して支払わなければなりません。
乖離の内、どれだけが残業時間として集計すべき時間なのかは判然としないことが一般的ですから、従業員からのヒアリングにより推計して、「当該時間が、残業代未払いの残業時間で間違いありません。」という合意を形成する手法が考えられます。
覚書を交わすなどして、合意した時間に即して費用計上を行えば、理論上は監査法人も納得するはずです。しかし、過年度遡及の問題となりかなりの混乱となりますし、残業代の支払能力がない場合、資金繰りに打撃を与えることもあります。多くの場合、上場時期を後ろにずらすしかなくなってしまいます。
早い段階でPC起動ログとの照合を開始する
PC起動ログとの照合は、早い段階から開始しなくてはなりません。前述の通り、直前に乖離が判明すると、多くの場合上場時期の延期となってしまうからです。
未払給与の時効は3年です。そのため、会計監査上は3年以上前のことであれば問題になりませんし、恐らく主幹事証券もそこまで過去の問題に言及したりはしません。
遅くともNー3期にはPC起動ログとの照合を実施して、問題点が検出されないか確認しておく必要があります。
ログの具体的な照合方法
特別に費用を投じなくても、windowsであればイベントビューアーからPCの起動ログをダウンロードすることができます。こちらで対応しても最低限の対応を行っていると評価してもられると感じます。
しかし、イベントビューアーのログは、何故か日によってはログが上手くとれなかったりしますので、「ラクロー」などの専門のソフトウエアを使用することが好ましいです。給与計算ソフトでPC起動により打刻されるものもありますが、PCの起動を直ちに勤怠の開始と捉えるべきかというと、厳密には違うと思いますので、厳密には照合によるモニタリング体制の導入があるべき形であると考えられます。