資本政策には事前の計画が大切
資本政策の目的
何故、資本政策の作成を行い、計画的に実施することが大切なのでしょうか。それは、資本取引を行う時期や順番に間違えてしまったがために大きな損失を被ってしまったり、資金繰りが回らなくなってしまることがあるからです。
資本政策の策定においては様々な目的を意図して計画が行われます。本稿では税務面について記載いたします。
資本政策の目的
- 相続税、所得税、法人税法のシミュレーション
- 創業者の利潤
- 資金調達
- 役員、従業員のインセンティブプラン設計
- 株主構成の管理
- 上場前規制の順守
専門家と全体像の相談しておくことが大切
よくストックオプションを発行したいなどの個別のご相談を受けることがありますが、このような個別の相談はあまりお勧めできません。租税を意識した株式の譲渡では株価が安い時の方が都合がいいですし、資金調達は実績が計画通りに推移して、企業価値を評価してもらえる段階になってからの方が好ましいです。
ほとんどの企業において、実際にはIPO準備は途中で頓挫するという事実も重要です。IPOを中止した場合はどうするのかも含めて、資本取引の時期、順番等を専門家に相談しておく必要があるのです。そのためには、全体像をきちんと専門家に相談することが非常に大切です。
相続税と所得税への対応
IPO準備企業の大半はオーナー企業
IPO準備企業の大半は創業者とそのご親族だけで株式を保有されているオーナー企業がほとんどです。そして、持株比率をある程度上場後も維持したいと考えられます。
そのまま株式を保有し、上場後に売却すると20%の分離課税となりますので一見問題はないように感じられます。しかし、持株比率をある程度維持しようとすると、配当収入が生じます。また、超長期的には相続税も考えておく必要もあるでしょう。
配当所得は巨額となる
未上場企業では配当をまったく行っていない企業がほとんどです。しかし、上場後は株価の維持に大きなメリットがあることや、留保金課税の影響、企業が成熟して再投資効率が下がって来たら配当を実施した方がよいという考え方もあり、配当を実施している上場企業は多くあります。
その際、創業者の配当所得は巨額になりがちです。個人で配当を受け取ると総合課税となり、ほとんどが税金で持っていかれることになりかねません。発行済株式の総数等の3%以上を保有し「大口株主等」に該当する場合は、分離課税を選択できないためです。
相続税の支払いも計画的に実施する必要がある
仮に創業者から親族への相続が発生した場合、相続財産は株式ですから担税力が生じません。換金して納税するしかありませんが、市場の需給状況によっては売却が難しかったり、株価の下落を招いて会社の資金調達活動に影響する懸念もあります。
事業活動の安定という観点からも、相続税の納付を計画的に考えることが好ましいです。
資産管理会社の設立
有効な相続税対策の代表格は資産管理会社の設立です。資産管理会社を設立して株式を管理会社に移すと、相続税法上の財産評価にあたり、株式の評価には税効果が考慮されます。
資産管理会社を通じて株式を保有してた場合、会社の資産を自己のために利用するためには会社を清算する必要があると相続税法では考えています。そうすると、含み益に対して法人税等が生じ、ネットキャッシュフローとして手元に流入する金額は税引後の金額ですから、税金相当額を控除して評価することができるのです。含み益の37%を控除して評価できますので、株価が数倍に成長するIPOにおいて効果は甚大です。
配当所得に対しても、資産管理会社であれば保有比率に応じた配当所得の益金不算入が可能ですので、やはり効果は甚大です。
個人保有 | 資産管理会社保有 | |
---|---|---|
相続税 | 多額の相続税が生じる | 相続税の減額が可能 |
配当金課税 | 原則として総合所得で最高税率55% | 益金不算入の利用が可能 ・3分の1超で100% ・5%超3分の1以下で50% ・5%以下で20% |
株式譲渡所得 | 分離課税20% | 法人税率35% |
安定株主 | 相続により散逸し意思決定が不安定に | 資産管理会社の過半数の過半数を維持すれば足りる |
個人保有と資産管理会社保有で分けるのが最適解
上記の比較表を閲覧すると、全てにおいて資産管理会社での保有が優れている訳ではなく、株式譲渡時の課税が分離課税の20%で済む点において、個人保有の方が優れていることが分かります。
流通比率を維持するため、一定の株式は必ず売却しなくてはなりませんので、売却を予定している分の株式は個人で保有し、長期間維持する予定の株式は資産管理会社へ移管しておく選択肢が最適解となるでしょう。
資産管理会社設立時への課税には注意
資産管理会社を設立し、個人で保有している株式を移管する際、原則として現物出資の手続きとなり含み益に課税が生じる点には注意が必要です。株価が上昇してしまった後では、資産管理会社の設立は難しいと考えてもいいかも知れません。
新設された株式交付制度に係る課税留保の措置を使用して納税を行わない手法もありうるかもしれませんが、やっていることは現物出資なので納税しないことはリスクがあるように感じられます。
留保金課税の納税資金を確保しておく
IPOを達成すると資本金が大幅に増加し、税法上の大会社となることで、同族会社のままだと留保金課税が適用されます。IPO達成後からしばらくは留保金課税が適用されてしまうことはあります。
課税される金額も小さくありませんので、資金繰りを考える上で考慮しておくことが大切です。
譲渡による相続税対策
IPO前の親族への譲渡も有効な選択肢
相続税対策として、事業が本格化して株価が高騰する前の段階で、あらかじめ相続人となる親族に譲渡しておくことも有効な選択肢となります。その際、黄金株(拒否権付き株式)を付しておけば、会社の経営については創業者が主導することが可能です。
税務上のバリュエーションが必要
税法には取引価格をあくまでも時価と見做す考え方がありますので、独立第三者間ではない、親族間で株式を譲渡した場合、時価より低廉に株式を譲渡したと見做されれば、思わぬ課税を受けてしまう可能性もあります。ただ、未上場株式には明確な時価がありませんので、何をもって時価と判断するかは難しい論点です。
判例では、持株比率に応じた財産評価通達に基づく評価が受け入れられており、主幹事証券との対応におけるバリュエーションとは別に、税務上の観点から評価を行い、取引価格の根拠を整理しておくことが大切です。
直接的に言及されている訳ではありませんが、評価損に係る通達に基づいて解釈が形成されています。
非上場株式の税務上の評価に関連する通達
- 9-1-13(市場有価証券等以外の株式の価額)
- 9-1-14(市場有価証券等以外の株式の価額の特例)
上場前規制に留意する
Nー2期からは開示対象期間になり、特別利害関係者等の株式等の移動及び募集株式・新株予約権の割当の状況を開示しなくてはなりません。
開示しなくてはならないということは、十分な合理性が説明できなくてはならないため、相続税対策を意図した対応はできないと考えた方がよいと思われます。Nー3期までに創業者の事情に基づく対応は済ませておく必要があります。
ホールディングス化による法人税への対応
法人住民税均等割の圧縮
IPOにより新株を発行すると、資本金が大幅に増加します。これは、様々な税額に影響しますが、影響が顕著なものの一つが法人住民税均等割りです。
法人税均等割は、東京都で資本金等の金額が1,000万以下で従業員が50名以下ですと年合計7万円ですが、資本金等の金額が50億を超え、従業員も50人超になると、年合計380万円になってしまいます。
事業所を有する都道府県市区町村ごとに課税されますので、多数の事業所を有する場合には影響は顕著です。しかし、ホールディングス化して親会社を上場させ、事業は子会社内に保有しておけば、法人税均等割への影響を最小限に抑えることができます。
外形標準課税の回避
外形標準課税の対象法人は会計上の資本金の額が1億円超であるかにより、個別に判断されます。
ホールディングス化により上場する企業の事業内容を子会社に移管しておけば、資本金が大きくなり外形標準課税が適用されるのは親会社のみになり、多額の利益を計上する子会社は課税を免れることになります。